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2007年09月30日

くりはら田園鉄道線

るくりはら田園鉄道(旧栗原電鉄)が2007年3月でついに廃止されまた一つローカル鉄道が消えてしまった
時代の流れと思わなければならないのか?

3セクにしなければもう少し長生きしたのだろうか?

そういう私も車で見に行ってるである

くりはら田園鉄道線(くりはらでんえんてつどうせん)は、宮城県登米市の石越駅と宮城県栗原市の細倉マインパーク前駅まで結んでいた、くりはら田園鉄道の鉄道路線である。前身は栗原電鉄(くりはらでんてつ)で、略称はこれと共通するくりでんまたは栗鉄である。

路線データ (廃止時)
路線距離(営業キロ):25.7km
軌間:1067mm
駅数:16駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:
スタフ閉塞式(石越〜若柳間、栗駒〜細倉マインパーク前間)
タブレット閉塞式(若柳〜栗駒間)


前身である栗原電鉄は、旅客輸送と共に、細倉鉱山で採取された鉱石や沿線で収穫された穀物などの貨物輸送を担っていた。1921年に部分開通し、1942年に石越から細倉鉱山までの全線が開通している。細倉鉱山から先、秋田県の湯沢まで延長する構想も噂されたことがあった。その後、直流電化および改軌がなされた。最盛期には、石越から東北本線に乗り入れ、仙台まで直通する旅客列車も存在した。

しかし、1988年に細倉鉱山が閉山となると経営状態は次第に悪化していった。鉱山跡地を改装したテーマパークである細倉マインパークが開園したことで観光客輸送にも期待がかかったが、減少する利用者数に歯止めをかけることはできなかった。こうした厳しい経営状態の中、沿線自治体などが協議した結果、第三セクター方式で鉄道路線を維持することが決定され、1995年4月1日に、栗原電鉄はくりはら田園鉄道として再出発した。

再出発に当たって運行費を削減するため、電化を廃止し、運行する車両を電車から気動車に変更された。電車線(架線)は撤去されたものの、架線柱などは存置されたため、電車時代の面影が廃線時まで残っていた。

全列車が1両単行によるワンマン運転を行っていた。無人駅がほとんどであった。運賃は、苦しい経営状態を反映してか、かなり高額の部類に入っていた(JR線の約2倍)。

タブレットおよび腕木式信号機が使用されていた。

沿線自治体の度重なる協議の結果、2007年3月31日をもって鉄道輸送を廃止することが決定し、翌4月1日からバス輸送に転換された。
posted by ツル at 19:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。こばの趣味部屋のこばです。

トラックバックありがとうございます。
私も鉄道は大好きです。主に首都圏の通勤路線が好きなのですが最近は地方ローカル線にも興味を持っています。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
Posted by こば at 2007年11月21日 21:56
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